骨のはなし

 

「僕の大腿骨って絶対に大きくって立派だと思うんですよね。」

 

「だって、ここ(骨盤の出っ張りの付け根)から、ここ(膝小僧の淵あたり)まであるんですよ。これたぶん、取り出して、『ゴトッ』て机においたら、かなり迫力のあるサイズです。そこらへんのまな板なんかよりずっとでかい。そう思いませんか?」

 

「太さとかはちょっとわかりませんけど、まあそれなりにあると思います。僕の母親もかなり骨太らしいですし。小さい時からあほみたいに牛乳を飲んで育って来ましたから。絶対にがっかりさせません。」

 

「自分の大腿骨って想像したことあります?大腿骨って、人体のなかで一番大きな管状の骨らしいです。言われてみりゃ確かにそうか、て感じですけど、そうやって聞くと、なんだかワクワクしませんか。」

 

「でも惜しいのは、『自分の大腿骨』って滅多にお目にかかる機会が無いってことなんですよね。ていうか、自分の大腿骨を『ゴトッ』って机において、まじまじと眺めたことのある人ってこの世にいるのかな。」

 

「待ってください。あなたが自身の大腿骨を眺めることに興味がないというのは百歩譲って理解できます。僕も自分の感性が一般的な人間と少しズレているらしいというのは薄々感づいていますから。でも。」

 

「でも、自分の頭蓋骨ならどうですか。これは僕、自信あるんです。自分の頭蓋骨を取り出して眺めてみたい人は世の中に結構いると思う。少なくとも大腿骨よりは。」

 

「だって頭蓋骨の形によって、似合う髪型とか、ファッションとかって変わってくると思いませんか。頭の形にも分類があるんです。頭蓋骨を上から見たときに楕円に近いものが長頭形。これはいわゆる"白人"や"黒人"に多い形だと言われています。一方で、頭蓋骨を上から見た起きに円に近いものは、短頭形と呼ばれます。これは"黄色人種"に多いタイプだそうです。」

 

「個人的には、長頭形のほうが横から見た時のフォルムが美しいなと思うんですけど、僕は完全に短頭形なんですよね。残念です。でもほら、自分の頭蓋骨の形、気になってきたでしょう?」

 

「自分の頭蓋骨を取り出して、手にとり、いろんな角度から眺めてみたいと思いませんか? まあ、頭蓋骨を取り出してしまうと、頭の形を保てないので、これは絶対に実現不可能なんですけどね。」

 

「そこで、大腿骨です。大腿骨であれば、理論上、取り出して、手にとり、いろんな角度から眺めることが出来る。大腿骨派はリアリスト、頭蓋骨派はロマンチストと言ったところでしょうか。(笑)」

 

「なんだか、退屈そうですね。では一旦、大腿骨の話に戻しましょうか。先ほど僕は、大腿骨は人体中最大の管状骨であると言いましたが、実際にイメージしてみるとかなり手に持ちやすそうだと思いませんか?」

 

「そして、何かをぶん殴るのにもってこいの形をしていると思うんです。これは恐らく、本能的にそう感じざるを得ない。」

 

「人類というのは地球に生まれてからもかなり長い間、木の実や動物を捕まえて食べる狩猟採集民であったそうですが、そんな彼らが最初に手にとって"武器"として使ったものは、一体なんだったと思いますか。」

 

「僕は骨だと思うんですよね。それも、人骨です。なぜなら、最も身近で、手に入れやすいから。」

 

「では、どの骨を選ぶか。答えはもう分かっていますね。一番大きくて長く、手に持ちやすい骨。そう、大腿骨です。」

 

「人類は大腿骨を掴むことで、知恵をつけ、他の生き物と差をつけ、淘汰し、遂には地球を支配するまでにのし上がった。大腿骨こそが人類の始まりなんです。」

 

「その子孫である僕たちは、当然、遺伝子レベルで大腿骨を掴む。そして何かを殴りたい欲求を持っている。…何を殴るか?」

 

「人類は道具を持ち、他の生き物と競争し、最終的にはどんな生き物もはや敵として見なくなった。頂点に君臨したんです。もはや地球上に敵無し。でも最後まで人類の敵として残る生き物が居ます。」

 

「人類です。自然と争うことを極めた人類。自然を超越した先に待っていた敵は、同じ人類だったんです。人は争い合うことをやめません。いつまでも、互いに出し抜き合い、蹴落とし合う。歴史は人類同士の闘争の繰り返しです。」

 

「そんな争いを生き抜いてきた人類の子孫である僕らが、大腿骨を手にして、ぶん殴り、粉々に打ち砕くべきもの。それはもちろん…」

 

 

 

 

「頭蓋骨ですよね。」