侵入者のはなし



「お願い、目を覚まして。」



耳元で聞こえたその声には、切なる願いが込められているかのように聞こえた。そして、その奥には深い諦めが潜んでいるようにも。


身体を起こし、壁にかけた時計に目をやると、現在の時刻は22:30。


せっかく、午後から会社を休んで休暇をとったのに、昼飯をとった後、すぐにベッドに倒れ込み、今まで寝ていたらしい。


どれだけ疲れているんだおれは。



ガンガンにクーラーを効かせたまま寝たせいで、身体が冷えきっている。頭が重い。


それにしても、妙な時間に目が覚めてしまったと思う。そういえば、いま、目が覚めたとき、何か、声がしたようなーーー。


ガタンと、リビングで大きな物音がした。


瞬時に脳が冴え渡る。



それは何かが偶然にも重力に引っ張られて落ちた、という類の物音ではなかった。



人の気配がする。何者かが、今、リビングに侵入している。そう、直感した。


自分は一人暮らしのマンション生活で、家に招く友人も少ない。もしや、友人が勝手に玄関から?とも考えたが、目的が分からないし、おれが呼び入れた時以外に勝手に入場してくるような友人はいないと思う。それに、玄関には必ずチェーンをかけているはずなので、堂々と正面から入って来れるはずもない。

一体、誰がーーー?

息を殺してリビングの気配を伺っていると、微かに布の擦れる音、忍び足で移動する音が聞こえる。さらに、注意深く聞き取ると、フローリングの床を踏みしめる硬い靴音が認められる。どうやらリビングにいる人物は土足で乗り込んで来ているらしい。そして、物音を立てることを極力さけている。



この人物は、おれが隣室にいることが分かった上で行動していることが分かった。

そして、今、自身がかなりの緊急事態に直面しているらしいということも。


カチャカチャと硬いものが触れ合う音が聞こえる、どうやらキッチンで何かを物色しているらしい。



一体何をーーー?

 

カチャカチャとした音が止み、静寂が辺りを支配する。

 

何か目的のものを見つけたのだろうか?

 


次の瞬間、信じられない音が耳に飛び込んで来た。深夜のバラエティ番組の音だ。なんとその人物は、いま、リビングでテレビをつけたらしい。


馬鹿な。


さっきまで、気配を消していたではないか。一体どうして?頭が真っ白になる。


意味が分からない、一体なぜ急に気配を露にしたのか。実はやはり自分の知り合いで、全く危険のない人物なのかもしれない?ただテレビを見てくつろいでいるだけ?だけれど、おかしい、そんな人物が土足で部屋に??


少しずつ、テレビの音量は、大きくなってゆく。


音が大きくなっている??なぜ??わざわざ、こちらに気配をバラすんだ、いや、バラしているのではなく、隠している?何かの音を?何を?何の音を????

 


気がつくと、テレビの音量は、通常では考えられないほどのボリュームに達していた。壁を伝って、ビリビリと、その大音量が響き渡ってくる。

 


逃げなくては。逃げなくては。でも、どこへ??この狭い寝室には隠れる場所もないし、ここは、マンションの11階だし、ベランダに出たとしてーーー。



瞬間、ガチャリと寝室のドアノブが下がるのと同時に、勢いよくドアが蹴り開けられ、テレビの放つ音が、目の奥に火花が弾け飛ぶような轟音が、まるで爆風のように、全身を突き抜けた。



ドアが開け放たれると同時に、目の端で、ベランダに動く人影を捉えた。

 

咄嗟に目をやると、その影はこちらに背を向け、音も無く、ベランダの冊から外へ姿を消したのだった。