幸せについてのはなし

ふと、昔のことを思い出してしまって、悔やんだり、誰かを恨んだり、呪いたくなってしまうことって、誰にでもあると思います。

 

特に深夜は。

 

僕も、気をつけてはいるんだけれど、わかってはいるんだけれど、そういう気持ちになってしまうことがあって、そうなってしまうたびに、自分は今、本当に無駄なことをしているな、という気持ちになります。

 

それは、その行為(状態?)が、元々なにもなかったはずのところから、マイナスだけを生成しているように思えるからです。

 

それさえなければ、頭を空っぽにして、あたたかい布団でぐっすり眠れたはずなのに、わざわざ、記憶を掘り返して、引っ張り出して、今と照らし合わせて、未来を想像して、過去を悔いて、現在に失望して、未来に絶望して。

 

心がしおれるばかりで、まるで生産性がない。得にならない。そう思います。

 

上のような状態になってしまったとき、僕がしばしば考えるのは、この「逆」はないんだろうか、ということでした。つまり、元々何も無かったはずの場所から、プラスだけを生み出す行為。状態。術。そんなものはないのだろうか。ということを。

 

いや、「だろうか」ではなく、人間には必ずその能力が備わっている「はず」。というか、むしろ「ないと困る!」くらいの気持ちがありました。

 

だって、そうでないと世界がマイナスで溢れかえってしまうから。

 

でも、それは一体どういうものなのだろうか…。

 

 

僕が、プラスを生み出す行為として、まず最初に思いついたのは、「祝い」です。

 

「祝い」とは、現在のものの有り様に対してよろこびを捧げるものだと思います。その方法については、言葉にしたり、手を叩いたり、歌をうたったり、いろいろあると思います。

 

それがどういった形をとるかは置いておいて、これはなにもなかったはずのところから、プラスを生み出す行為であると思います。

 

例えば、誕生日。なにもしなければ、ただ生きてるだけで通過する時間を、わざわざ一定間隔に区切って、それをまたぐごとに「お祝い」をする。その事実によろこびを捧げる。

 

現在の出来事に対してプラスを付加する。これは生産性があって、お得だと思います。

 

 

ここを足掛かりにして、他にもプラスを生み出す方法がないか探してみます。

 

「祝い」が現在のものであるなら、未来のものと、過去のものもあるはず。それは一体なにか。

 

 

思うに、未来のものとは「祈り」です。

「祈り」とは、未来のものの有り様に対してよろこびを捧げるものだと思います。その方法については、やはり、言葉にしたり、手を合わせたり、音楽を演奏したり、いろいろあると思います。

 

これもやっぱり、何も無いはずのところからプラスを生む行為だと思います。

 

例えば、結婚。婚姻を結ぶことは単なる契約関係ともいえますが、2人の幸せを、これからの明るい未来を皆で祈ることで、今も明るくなる。

 

未来のイメージに対して、プラスを付加する。やっぱりお得です。

 

(祈りに関しては、正直「未来」に限定する必要はないかと思っていますけど、時間の軸をとったほうが話がまとまってみえるので未来への行為としておきます。)

 

 

最後に、過去。これはなにかを「懐かしむ」ことだと思います。

 

過去にあったことを思い出して、楽しい気持ちになる。

 

過去の出来事に対して、プラスを付加する。いつでも出来るので、一番、お得です。

 

 

過去、現在、未来のプラスが出そろったので、過去、現在、未来のマイナスと一緒にまとめたいと思います。

 

何も無いところからプラスを生み出すもの

 未来に対してよろこびを捧げる行為 祈り

 現在に対してよろこびを捧げる行為 祝い

 過去に対してよろこびを捧げる行為 懐かしみ

 

何も無いところからマイナスを生み出すもの

 未来に対してにくしみを捧げる行為 呪い

 現在に対してにくしみを捧げる行為 恨み

 過去に対してにくしみを捧げる行為 悔い

 

 

なんとなく、小綺麗にまとまった気がします。

 

前三つのうち、祈りと祝いは自分自身の意志によって達成できます。懐かしみはそれら2つの積み重ねによって、生み出していけるものかと思います。

 

 

僕はぜんぜん教養ってものがないので、適当なことを言うんですが、いわゆる「宗教」において、往々にして「祈り」と「祝福」という方法がその内に取り込まれているのは、それが人間にとって、「幸せ」を生み出す為の根本的な方法だったから、なのではないかと勝手に考えています。

 

世の中がマイナスで溢れないために。

 

対価無しに、純粋に幸せだけを生み出す技術。

 

それが、「祈り」と「祝福」だったのではないかと。

 

 

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