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月のはなしの追記

おはなし

 野性のオオサンショウウオと仲良しになれたら、大変嬉しいだろうなあって話です。

 

いつからか漠然と抱いている「野性のオオサンショウウオ」への憧れが爆発して、短い小説を書いてしまいました。ちなみに、僕は残念ながら過去に一度も野性のオオサンショウウオと相見えたことがありません。

 

一度だけ、あれに見ゆるは…まさか!?っていうのはあったんだけれど、きちんと確認できなかった。残念。京都の鴨川とかは嵐の日に川辺に避難していたりするみたいですね。いいなあ。

 

ただ面白おかしく、オオサンショウウオと仲良くなるだけの、なんのメッセージ性も無いふざけた話を書いてみるつもりだったのに、書いてるうちに気が変わって、ちょっと寂しい話にしてしまいました。

 

 

本当は同じことを考えているのに、それが人によって全く別の言葉や振る舞いになって表れることって、当たり前のようにあると思うんですけど、それはよしとして、

 

全く別の言葉や振る舞いになって表れているために、その人が全く違う考えを持っているやつだ、と思い込んでしまう勘違いが世の中にはたくさんある気がします。

 

 例えば、子どもの将来について、別々の考えを持った、その子のお父さんとお母さんがいたとして、2人ともお互いにどうして相手は自分の考えが理解できないのかという思いがあって、そのすれ違いが原因で、些細なことでも目につくようになって、すぐに喧嘩をするようになってしまって、険悪な雰囲気になってしまったりするなんてことは世の中にはよくあると思うんですけど

 

このとき、よくよく考えると、2人の気持ちはたぶん一緒で、結局は2人とも子どものことを愛しているんですよね。だからこそ子ども幸せになって欲しいと考えていて、でも、その思いはそれぞれ別々の形で表れて、その表面でぶつかり合ってしまう。

 

相手の見た目や、振る舞いや、言葉によって、その人の本当に伝えたいことや、本当の気持ちを見失ってしまうこと、見誤ってしまうことって結構よくあるんじゃないかなと思います。僕としては、特に興味深いのは、言葉なんですけど。これは前に書いた価値の話や、途中まで書いた言葉のはなしとも無関係ではないと思っています。

 

月のはなしの主人公は、肌の色も、身体の形、言葉(?)もまったく異なる爬虫類と、仲良くなることを、楽しく会話することを、一緒に月をみることを、出来ないんだと決めつけて、自分の行動は馬鹿げたことだと思い込んで、寂しい気持ちになって、落ち込んでしまったけれど

 

本当はオオサンショウウオも主人公と同じ気持ちで

 

ビールを美味しく感じていて、会話することを楽しんでいて、水面に映る月をみて綺麗だなあって、考えていたのかもしれない。

 (自分の文章に人ごとみたいにコメントするけど。)

 

相手の見た目や、振る舞いや、言葉によって、本当に大切なものを、見落としてしまうことは自分自身も、そんなことがあってはいけないって常々思っていて、気をつけているところではあるんだけれど、知らず知らずのうちに月のはなしの主人公のように、見落としてしまっているところがあるのではないかと思っていて

 

 そんな気持ちを忘れないように、おはなしにしてみた次第です。

 

 あと、前の前の記事にコメントを残してくださった方がいて、大変嬉しかったです。これは大変かっこわるい話なんですけど、ブログをはじめてから、定期的にどれくらいのアクセスがあったかをチェックして、一喜一憂したりしています。1日4~5件のアクセスだったらどうしようと思っていたけれど、多いときには100~200ほどアクセスがあるみたいで、普段そんなにたくさんの人に文章を読んでもらう機会ってまずないので、大変光栄なことだなあと思ってます。

 

あと、コメントで僕の書く文章を「面白い」と言ってもらえたことがすごく嬉しくて、それと同時に大変反省をしました。

というのも、僕は、前の記事に「つまらない文章を書いたので」っていうようなことを書いてしまったんですけど、自分の文章をけなすことは、それを面白いと思ってくれる人に対して、大変失礼なことだよなと考えたからです。なので言い直します

 

僕は、自分の書く文章を面白いと思って(自信は無いけど)、人に伝える意味があると思って(自信は無いけど)書いています。たくさんの人に読んでもらえることが嬉しいし、面白いと思ってもらえることがとても嬉しいです。面白いと思ったらコッソリ僕に伝えてください。なぜなら、嬉しくなるので。もっと欲張りなことをいうと、面白いな、意味がありそうだなって感じてもらえたらシェアして欲しいです。なぜなら、欲張りなので。

 

あと、価値について、「お金という枠組みに組み込まれることによって、認められる価値」の指摘を受けたんだけれど、これはまさにその通りだと思います。この視点は完全に抜けていた。ありがとう!そうじろう!

 

もうちょっと考えたいのでこの話はまた今度にします。

 

そういえば、ブログを始めるかと思い立ったときに、そういえば、遥か昔(5年前くらい)にジュゲムブログでアカウントを作ったかもしれないと思い出して、そのアカウントを発掘したことが、今回このジュゲムブログを利用するに至った理由なんですけど、ほかのやつにしようか迷ってます。

 

シンプルなのはいいけど、ちょっと過去の記事にアクセスしづらいなーと思っています(過去の記事も読んで欲しい)。特にPCブラウザで見る時。

 

はてなブログとかのほうが良いのかな。うーむ。