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きたないはなし

 

「うんこって汚いと思う?」

「汚ねーにきまってんだろ」

 

「でもさ、うんこって食べ物が、体内で消化された後のものでしょ。口から入った時点では、食べ物だったじゃん、そのときは、汚くないよね?」

「そうだな」

 

「じゃあ、「食べ物がうんこになる過程」のなかで、食べ物は一体どこから「汚くなる」と思う?」

「口にはいって、咀嚼されたとき。」

 

「いま、アメ舐めてるんだけど、これ舐める?べー。はい。」

「言い直すね。口にはいったとき。」

 

「うーん。じゃあさ。この部屋の中の空気って汚い?我々の口のなかに一旦はいって、出たものが、漂ってるけど。どう?」

「気にならないくらい薄まってるから大丈夫。」

 

「そうだ。飲み物いる?1.5リットルペットボトルのりんごジュースがあるよ。開けたばっかり。さっき、ひとくち飲んで、ひとくち戻したんだけど。」

「えーとね。それは、いかなる濃度であっても許容できないかな。なぜひとくち戻した」

 

「そう…。野菜ってさ、ウンコのまみれなのかから出来る、つまり肥料を使って、作られるもんだけどさ、それについてはどう思う?」

「うんこと肥料は違う。肥料になるころには、うんこは分解されてるから、汚くない。汚くないものまみれなので、野菜も当然汚くない。」

 

「じゃあさ、食べ物の一生を、例えばにんじんの一生を考えると、種から始まって、大きく育って、人間の口の中に入って、うんことなって排出されて、肥料となって、土に戻る。この太字のとこだけが、「汚い」ってことになるの?」

「太字て。まあ、今までの話をまとめるとそうなるな。」

 

「…汚いって、どういう意味なんだろうか。」

 

 

 

まず、僕はそういう趣味があるわけではないと一応宣言しておきます。

 

僕は上の会話のようにある特定の言葉の意味を考えて、あっちへいったりこっちへいったり迷子になるのが好きなんだけど、こういうのって楽しいですよね。 

 

上で言う、「汚い」の意味って、たぶん「不快である」ってことですね。

 

では、なぜ体内から出たものは「不快」なのか。おそらく、それらが往々にして「生命を維持するのに不要なもの、または生命に直接的・間接的に害を及ぼしうるもの(その可能性を想起させるもの)」であるからだと思います。汗や、油や、垢や、糞、尿。

 

そういったものを、人間は匂いや、見た目や、音や、味によって、「不快なもの」と感じ取るようになっているんじゃないかと思います。

 

簡単に死なないために、人間に備わっている能力です。

 

 

たぶん。

 

 

 

 

ちょっと短いので、おまけで、もう一つはなしを書きます。

 

今日、シャワー浴びながら、石けんで頭をわしゃわしゃ洗ってるときにふと思いました。

 

野菜とか肉とかお米を洗剤で洗うのって、なんだか「不自然」だなーと思うけど、人体を石けんで洗うのってそれと同じくらい、「不自然」なんじゃねーか…?と。

 

だって、どっちも生ものじゃん!

 

たまにテレビで、世間知らずの人間を馬鹿にする番組をやってますが、野菜とか肉とかお米を石けんで洗う人間を馬鹿にしてみんなで笑う、っていうのを昔に見たことがあって、これはなんとなく不快だなーって思ってました。

 

なんでかというと、なぜその行為が普通ではないのか、笑う対象なのか、きちんと説明されてなかったからだと思います。

 

だからきちんと考えたいと思います。野菜とか肉とかお米を洗剤で洗うことがなぜ不自然なのか。

 

野菜とか肉とかお米をってなんで洗剤で洗わないの?って人に聞いたら、10割くらい「食べ物だから」って答えが返ってくると思うんですけど、その回答じゃあ僕は納得できないんです。

 

たぶん、、、合ってるとは思うけどさ!!!!

 

 

ちゃんと考えさせてください!!!!!

 

 

まず、洗剤で洗うという行為について。ここでいう洗剤とは、界面活性剤のことをさしており、油や油を含む汚れを水に分散させる作用により洗浄能力を持っています。つまり、洗剤で何かを洗う、とは、その対象物の油を落とす行為である、と言えます。

 

問題は、まず、対象物に油が付着しているか。そして、もし付着しているなら、それが落とす必要のある油かどうか。というところにあります。それが落とす必要のある油である場合は、洗剤であらわなくてはならないし、落とす必要のない油である場合は、洗剤であらわなくて良いと言うことになります。

 

では、野菜やお肉やお米はどうか。

野菜やお米はそもそも油が付着していません。つまり洗剤で洗う必要はない。

 

お肉は油が付着してます。だけれど、それは落とす必要のない油です。なぜなら、おいしいから。つまり洗剤で洗う必要がない。

 

では、人体はどうか。

人体にはまず油が付着しています。そして、その油が人によっては肌に刺激をもたらしたり、汚れを含んでいます。害があります。ただし、必要な油もあります。なんか、保湿とか。つまり、全部というわけではないけれど、ある程度まで、洗剤で洗う必要があります。

 

 

きちんと答えが出たので、まとめます。

 

食べ物は洗わなくていいし、身体はそれなりに洗わないといけない。

 

 

 

 

結局、どうして野菜やお肉やお米を洗剤で洗うのが不自然なのか?と聞かれたときにはこう答えればよい、ということになります。

 

 

 

「食べ物だから」

 

 

みんな、合ってたね!!!!!!!!

 

おやすみ!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

食べ物だって洗剤で洗うよ!という人もいるかもしれないけれど、洗剤で洗う必要のあるくらい油で汚れている食べ物はそもそも食べないほうが良いと思います。

 

 おしまい